申請書源延光(攝家流)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
3醍醐家(藤原北家、實は後湯成帝齋)一條殿關白昭良(蒙遇)の二男冬基より出do昭良·實は後陽成天皇の第九皇子なリ。一條條を見よ。當家は〓華の一にして、冬基の後は、その子「冬〓(昭尹、左大臣)-兼潔(左大臣)-兼純(實は一條兼音の男)-冬香(兼潔の男)-(弟)輝久-輝弘-忠願-(九代)忠敬-忠順(再相續)-忠重。德川時代、〓華、新家、攝家流。家領三百十二石(後五百二十二石、賞六百石)。鳥丸通中立賣下ル。諸大夫·高津、堀川、奥田、侍には川合、下司、板倉。著提所大德寺内芳春院。內々。現今侯爵。醍醐4醍醐氏平家物語に、醍醐三郞實秀あリ。下リて安房國の名族に此の氏あり。殊に捕鯨家·醍醐新兵衞の家は、里見氏時代より、加知山(勝山)村に住居し、世々タイコタイコタイコ第二、三三 タイコタイコタイコ-タイサ三二三國捕鯨に従事し、今尙ほ慶長年間の里見忠義の由緒書等を藏す。而して元祿年間には、當時の家主最も捕鯨の業を擴張し、大いに家務を勵精し、加知山、岩井袋兩村の漁者を以つて、捕鯨に從事せしめ、明治維新の際まで盛んに經營せり(產業事蹟)と。現今大惟(平群郡)に醍醐島一郞氏あり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)