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田部(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

職業部の一にして、屯倉に屬する田、卽ち御田を耕耘せしむる爲に設けし品部を云ふ。古事記、景行段に「此の御世に田部を定む」と載せ、また景行紀五十七年條に「諸國に田部屯倉を興さしむ」などあるを初見とす。大隅國桑原郡に答タフシ-タフセタフタ-タフチタフハラ-タヘ三五九一 タ、タへター予約而して、安閑紀元年條に「小墾田屯倉と每國の田部とを、紗手機に給睨し、櫻井屯倉と毎國の田部とを、香々有緩に給賜し、難波屯倉と毎郡の 丁とを、宅媛に給現す」と載せ、また欽明紀十七年條に「一本に云ふ。處々の韓人を大身狹屯倉の田部と爲し、高麗人を小身狹屯倉の田部と爲す。是れ卽ち韓人、高麗人を以つて田部と爲し、故れ固つて屯倉の號と爲す也」と云ひ、また同紀三十年條に「田部を量リ置くこと、其の來るや尙し矣。年·甫めて十餘·籍を脫し、課を免るゝ者·衆し。宜しく謄津を遣はして、白猪田部の丁の籍を檢定せしむべし」(白猪は屯倉の名也)など見ゆるにより、屯倉領御田を耕転する爲めの部民なるや明白なるべし。また田部と鑁丁との關係は、安閑紀に곳河内直味張·恐き畏れ、永く悔い、地に伏して汗流れ、大連に啓して曰く、愚蒙百姓の罪·當に死に當る、伏して願ふ、郡每·緩丁、春時五百丁、秋時五百丁を天皇に献じ奉り、子孫にまで絕えじ云々と。蓋し三島竹村屯倉は、河内縣の部曲(大河内直の私民也)を以つて田部と爲すの元は、是に起る」とあるにより、钁丁とは他の部に屬する者を田部として使役する場合に、稱するを知るべし。詳細は「日本上代に於ける社會組織の研究」第五編第五章の屯倉制度を見よ。また大田部、御田部、山田部、若田部など云ふも、田部の一たるなり。各條を見よ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[1]:14頁

系図綜覧(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第一:10頁、11頁
  • 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第二:162頁
  • 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第1:9頁、10頁
  • 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第2:160頁
  • 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション):10頁、11頁、394頁

本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[27]:16頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[75]:36頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[186]:7頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[212]:42頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[249]:2頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[264]:16頁

系図・系譜

関連論文

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