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田村(2)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

2秦田村公これも葛野の田村郷より起豐後國圖の田帳に檀村七タンバ二丹波、及びニハ條を丹波、別姓也。臣姓也。大和に丹原庄あこれも葛野の田村郷より起タムハタムハ-タムハラタムハラータムラ三六二九 は慶長七年二月五日なり、淨慶法師と云居住せし故なり」ふ。この地を萬藏島と號するも、と云ふを載せ、此の人また總社誌に「總社神官の內、田村云々等四家は、古くより廳官と稱す」と。又秩父郡にも田村〓ありて、新編風土記に「(田村〓)。屋敷跡。圓福寺の前なる大門平にあり。土人相傳へて、田村權守なる者住居せし所なりと云ふ。事跡評かならず。廿年前までは土手の形などありしが、里民いつとなく豐リ崩して、今は數項の陸田となし、僅かに一二間を餘して、其所に稲荷の小祠立てり、」と。なほ大森條第三項を見よ。11丹波姓醫道家丹波康賴の裔にて、其の二代孫成雅-道雅-仲政-道廣の後と云ひ、又田村麿五代孫「丹波守國當·田村を稱し、その二十五代の孫丹波守吉良(丹波國に住す)-長秋(宗仙)」なりとも云ふ。寛政系譜に「長元(千本典藥)-長清同上)-長昌(同上)-宗仙(長九郞、上)-宗圓(同上)-長久(同上)-長慶(同長秋、安栖軒、北條早雲に仕へ、關東に降る)-長榮(安栖軒、長九郞)-長傳(安栖、長九郞、北條氏政に仕ふ。後家康に仕ふ)」三〇〇りしにて、秦氏の族なり。正倉院天平勝寳元年文書に見ゆ。「秦田村公蟻磯」と云ふ者3田村村主大和國添上郡田村より起りした。坂上氏の族にて、坂上系圖に阿智王に隨ひ來リし漢人村主の一に列す。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

系図・系譜

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