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澤水(3)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

3若狹の澤村氏當國の名族にして、逸見昌經の遺臣に澤村才八吉重あり。天正十年、細川越中守忠興に仕へ、大學助吉重と稱し、武勇の名を遺せり。鳥原天草の亂にも從軍す。大飯郡佐伎治神社鰐口銘に此の人見ゆ、その子を光尚と云ふ。官社私考に「志に云ふ、澤村吉重は初め才八と稱す。後に大學助と改む、高漬村の產也。其の父は高濱城主逸見の家臣にと、吉重も亦逸見昌經に仕ふ。數々戰功あり。織田侯の時に至り、丹羽長秀·本國を領す、昌經之が麾下に屬す。天正九年死す。織田侯·昌經の戦功を嘆惜し、其の後を立てんと欲す。然れども、長秀は將に昌經の釆地を併領せんとす。乃ち誣して子の無きを告ぐ。昌經の幼子源太虎〓は流離し、舊臣、家族も亦奔亡す。吉重·其の嗣の絕えん事を悲しみ、織田侯の愛憐を得んと欲し、自ら虎〓を抱いて、江州安土城下に到る云々」と。近江の澤村氏野洲郡櫻生城(櫻生村)は澤村彈正少弼が城址也と相傳ふ。古き石塔あり。其の地を土俗彈正の人切場といふ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

系図・系譜

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