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津幡(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

1加賀の津幡氏前條氏に同じく、河北郡津幡邑より起る。前述の如く盛衰記に庄司大夫宗能、同三郞等を載せ、又東艦卷十、文治六年五月十二日條に「加賀國井家庄地頭·都幡小三郞隆家·不義の事、仙洞より仰せ下さるの間、今日下知を加へしめ給ふ。平民部丞盛時これを奉行す。井家庄內部幅方、地頭と號し、方々不當を致すの間云々、五月十三日、盛時奉、加賀國井家庄内、都幡小三郞所」と。盛衰記には、また井家次郞範方と云ふを擧ぐ、隆家と同時代の人也、その後、後宇多院御領目錄に「加賀國倉月莊、歡喜光院領、地頭津幡隼人」とあり。又三州志、河北郡津幡城(井上庄に在り)條に二家二年、平氏の先軍·此の地に陣すと盛衰記に出ず。文治六年、加賀國井上庄地頭都幡小三郞隆家と東鑑に見え、又觀應二年、桃井直常·上洛の道を斷んと、富樫和名抄、筑後國橋部の姓名錄筑後國上妻郡椿原村よツハキオーツハキハツハキヘ-ツハキモツハコ-ツハタ美人大 ツハナ-ツフエ氏春·津波多に抵リて調兵すと、太平記理盡抄に出づ。天正四年、謙信·加州へ攻入り、津幡に陣し、五年能州より津幡に來陣すと、北越軍談に見ゆ。十一年、前田秀權君父子·此の城を守る。十三年、國祖·此所にて調兵ありし事は、本記に詳か也」と〓2雜載その他、承久記卷三に「つばた云々」と。下りて二條家諸大夫に津幡氏、侍にも此の氏見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

系図・系譜

関連論文

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