河村(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2氏人は源平盛衰記に河村三郞能秀、また河村三郞能高、東濫治承四年八月廿三日條に「相摸國住人河村三郞義秀、」次いで十月廿三日條に「河村三郞義秀·河村〓を收公せられ、景義に預けらる。廿六日斬罪に行はるべき由仰せ含めらる」と平家方なりしによる。その後、義秀弟千鶴丸·奥州役に功あり、第五項を見よ。其ウル.東艦卷二十五に河村太郞、河村三郞、同四郞、同十郞四郞、三十六に三耶、小四郡。又承久記卷二に川村氏。又彌藤次秀行·嘉元三年五月四日、北條宗方に誅せらる(系圖)と。太平記卷十に「相摸國の勢、松田、河村云々、」同三十一に「松田、河村等、」此等は相摸の河村氏なるや明白なり。その他は各項を見よ。川村城の墟は川村山北に在り、河村秀高の築く所と傳へらる。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[1]:5頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[3]:3頁、75頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[5]:48頁