水谷(7)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
7略歴新編常陸國志に「水谷·其の先藤原秀〓に出づ。秀〓七世の孫近藤武者所最賴、最賴の子近藤太能成、其の四子長を能直と曰ふ、中原親能の義兒たり。三を仲〓と曰ひ、四を親能と曰ふ。源賴朝の爲に親信せらる。是を以て能直も亦信寵せられ、文治五年從つて藤原泰衡を陸奥に撃ち、建久元年、再び陸奥に往きて大河兼任を擊ち、遂に留つて餘黨を平ぐ功を以て田村庄地頭たり。歲もなくして豐前守兼鎭守府將軍たり。其の任に之くに及んで、田村を以て、其の弟仲〓に與ふ。仲〓·加賀守に任じ、田村氏となり(分脈)、亦頼朝に事ふ。子仲能·左近衞藏人、刑部大輔、木工權頭右馬權助、伊賀、能登等の守を歷(著聞集、東鑑)、鎌倉亀谷に居り、龜谷氏と稱し、鎌倉評定衆たり(東鑑、分脈)。子重輔·右衞門尉、周防、淡路守を歷て、從五位下に叙し、檢非違使となり、近江犬上郡水谷〓を食み、水谷氏と稱す(水谷系圖)。寛喜延應の間、評定衆を襲ぐ(〓盤、分脈)。子〓有·刑部大輔、
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[3]:66頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[4]:7頁、11頁、33頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[5]:6頁
本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[54]:40頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[75]:28頁、36頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[130]:2頁、3頁、22頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[186]:33頁