コンテンツにスキップ

毛受(3)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

3源姓尾張の豪族、もと前項毛受村より出でしならん。春日井郡稻葉色の名族にして、中與系圖に「毛受·源姓」と載せ、戰國末、毛受茂左衞門尉、弟勝助家照(一に莊介、照景)ありて、柴田勝家に仕ふ。兄茂左衞門尉と共に忠死す。艦に「毛受勝介·勝家に從ふ云々」、又賤嶽林谷山は賤ケ嶽鬪戰の日、毛受勝助陣處の地と傳へらる。その後、福井松平藩重臣、糸魚川松平藩添役等に見え、又加賀藩給帳に「百二十石其の他、オモカハ毛受莊助」を擧げたり。又美作國東北條郡高倉庄大篠村に此の氏ありて、東作志に「毛受氏·現名參六。本國越前にして、其の祖は毛受勝分と稱し、天正十一年癸未四月、越前北の庄落去の時、柴田勝家に代りて忠死せし毛受が子孫なりと云ム。系譜、古書、悉く燒失して、一も遺らず、然れども其の同姓、越藩に在りて現名傳三郞と云ふ。彼方の系圖に作州に同家ある事を記載しあれば、疑ふべくも非らず。最も先年越前へ往きて信を通じたる事もありと云ふ。此の國にては、メンジヨと言はず、モズと云ひ習はせり。近年安黒に改姓すと云ふ」so 4雜載その他、攝津、美濃、武蔵等に見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)

系図・系譜

関連論文

外部リンク