母衣綿
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
前條氏に同じ。盛風記に「天正の頃、閉伊に母衣綿御所、雫石に戶澤御所とてありければ、斯波御所と合せて、地下人·是を南部の一斗五升と申しける。母衣綿氏、戶澤氏は北畠源中納言題家卿·奥州の國司に下り玉ひし時の子孫也」と。七七支流具孝を以つて製編の祖とす』云々」と。又辨誤南部八世小傳には「南部氏十二世政行の末年に當り、北畠顯家の季子顯房(一に季顯)を閉伊製綿に奉じて、雲綿御所と稱す。其の後裔直顯に至り、二十六世信直に仕へしが、維新後北畠氏に復すと云ひ、又十三世守行の時、『北畠顯信の孫視能(天童丸)を波岡に奉じ、波岡御所と稱す。又天正六年波岡氏の裔顯忠·津輕爲信に亡され、其の弟顯則·三戶に逃れ來て、南部氏に仕ふ』と。又袋鳩氏系譜に『其の祖·熊野權現を裝綿村に建つ』と云ひ、其の棟札に天文二十年とあれば北畠氏の移れるは、天正前なること明にて、天正中に津輕に居るべき理なし」と(地名辭書)。顯成の津輕に來り住すと云ふは何に據るか詳かならず。但し具孝を以つて裝綿の祖とす、是れ其の故なきにあらざらん。雲綿氏の系に、具氏の子直顯·南部二十六世信直に仕ふとす。具氏の父は具孝ならん、具孝·閉伊に來リ、製縮氏を履ぎたるを誤つて或は移住とし、或は祖とな マ-マイマイ-マイタマイタニ-マウタ五五〇
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)