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橘屋

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

1大和の橋屋大和添上郡の名族にして坊目考に「天文元年、土一揆の富人橋屋主殿豐冬·椿井に住居す。南都土一揆の張本なり。異本合運並大和軍傳記に曰ふ『後奈良院、天文元年七月十七日、南都土一機蜂起して合戰す。興福寺衆徒·悉く防ぐ能はずして、高取城に落ち行き、寺院各坊舍兵火にかゝる矣。一揆の大將橋屋主殿豐冬、及び雁金屋民部國之、藏屋兵衞正共、此の三人は張本也。同年八月七日、衆徒出頭なして、一揆を亡ぼし層りて民屋を燒く。豐冬は、大安寺に於いて、八月七日、小田切春次と相戰ひ、高田亦太郞〓之と指し違へて討死す。國之は八月七日、肘塚に於いて大學利元の爲に討死、民部郞徒五十餘輩、枕を雙べて討死す。藏屋兵衞正共は、諸家の妻子を守護して南都に在り。兩張本の死後、殘兵を集め、弔軍を爲さんと欲す。爾の時、兩御門主·これを扱ひ、八月十五日、双方和平す。彼の一揆の輩は、大方親鸞派を宗旨と爲す』云々」bo 2雜載遠州流茶道に橋屋宗玄あり。そCHBタチバナ條を見よ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

系図・系譜

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