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橋爪(3)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

3鍛冶橋口家薩摩國谷山郡谷山〓の名族にして、波平劔匠と云ふ、波平條參照。地理纂考、波平銀匠條に「創匠。古來よリの創匠ありて、氏を橋口と號す。其じ鼻祖を正國と云ふ。正國は大和國人にて、當國に來り此の地にト居す。正國·後に行安と改む。三條小鐡冶宗近は正國が弟子なり。宗近は從四位下播磨守橋仲達の男橘太仲宗といひて、法興院殿に仕ふ。天元二年、罪に依りて薩摩に流罪となる三重野に居て、正國を師とし、鍛冶を業とし、名を宗近と改む。永藤元年教免ありて歸京し、洛東白川に住むと。正國の子行安は寛弘の頃と云ふ。行える子を又行安といふ、治安萬壽の頃とす。行仁(正國第四の子なり)、安行(安行は行安の孫、長元より天喜の頃と云ふ)、中古·行安(此の行安は文保の頃と見ゆ)、近古·近江守安張(安張壽庵と號す、寬永十九年歿す)、大和守行安(此の安行は安張が外孫にて、安張の養子となり、元藤八年七十六にて歿す)、勘之丞安行(初名安氏、後安行と改む。文化五年歿す)等、皆隠楚たり。正國が天元の頃より、今に至リ九百餘年の間、連綿として祖業を權ぐ」to 4日向の橋口氏日向記に橋口土佐守、橋口利部丞等見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

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