コンテンツにスキップ

楠木(4)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

4其の他、太平記卷三に檣七郞、十八に楠帶刀正行、二十六に正行が會第次郞左衞門正儀、また楠將監、その他多く、又西行離錄、建武三年七月、廣峯別當昌俊の申狀に「楠大彌四郞政○、」應永記に楠某(正勝かと云ふ)。下りて長祿寬正記に「後陣は、須屋、甲斐庄以下の精黨也、afo又應仁記に「楠が末葉に、和田、隅屋、甲斐庄とて、河內に三人有り」と見ゆ、各條を見よ。又見聞諸家紋に官-正綱(正行死する時二歲、左中將〕-正倶右衞門督)-正隆(四位少將)-正理(左京大夫。此の時、南帝は後醒酬四代の孫也。赤松謀叛して、三種神器を奪ひ取りて歸京す。是より十津川皇居·破る。而して、北山高野上高福寺に於いて崩御と。正理の弟某は大和當麻寺僧とあり)-行康(雅樂助。赤松謀叛の時、膝を傷け跛となるといへり。熊野に住す。その第越前に赴く、又第某は美濃に赴くと) 1俊(帶刀)-成良(刑部少輔)-正隆(帶刀、弟菜は奧州に赴く)-正良(刑部少輔、弟は甲州に赴く)-良治(若狭守)-良〓(嘉兵衛、二子あり。又第は態野山竹坊)」と、載せ、卷末に「右楠嘉兵衛所持す。林學士の家本につき寫之、」とあり。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)

尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[8]:95頁

系図綜覧(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第二:71頁
  • 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第2:31頁、69頁
  • 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション):303頁

系図・系譜

関連論文

外部リンク