桃園(6)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
6桃園宮清和帝の御裔にして、紹郵録に「〓和天皇の加子貞號親王(電機関税王ととゆゆ。縫間は將甲一條の北、大宮通の四を目ふ。地名辭書に「昔貞純親王邸あり、桃園と稱したるより起る。親王は〓和天皇の第六子にて、源氏の祖たるを以つて特に世に著る、拾芥抄によるに、貞純親王·之を代明親王に護リ、其の子源保光·之に居り、世に桃園中納言と云上。又攝政藤原伊尹の宅と爲りたることあり。宇治拾遺に『今は昔、世尊寺と云ふ所は桃園大納言住み給ひ』とあるは、藤原師氏(思平子)也長保中、大納言藤原行成·外祖保光より傳領したる菊宅を捨てゝ、世尊寺を創む。行成は才藝多く.最も書法に長じ、當時に冠たり。後世傳へて世尊寺家樣と曰ふ。又右大臣藤原權繩は、延曆運都後、高椅津第に居り、十五年薨じ、桃園大臣と稱す。此の高橋第も卽ち桃園の地歟」と。その他、花輪、岸(十四項)等條參照。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)