桁橘(1)
表示
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
國祖·封を能登に受けて、此の城に移らせらる。然れども其の頃、多くは越前府中に居玉ふと云ふ。後七尾城、及び城下民屋どもを擧げて、今め所口村の地へ引從され、小丸山城となり、城下も七尾町と名づけらる」と載せたり。その他、羽咋郡城根尾は一名屋室城、富木院貝田村領に在り、天正中、溫井備前·砦を作りしと云ふ。又四谷城の支堡とも云ふ。又風至郡鵜川壘には温井備中の弟温井兵庫居たりと。又「天正八年、温井下總·穴水の城に據れるを、長連龍·攻め圍みて、下總·越後へ走る。此の後穴水城のこと、書記に見えず」と。又「羽咋郡福水量は、弘治三年、温井備中、三宅備後·銳氣に乘じて、二宮まで進み攻め、福水に陣せり」と。以下長條を見よ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)