栗飯原(5)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
5佐倉風土記に「平良文、其の家士粟飯原常時を上野國花團に遣はし、神像を寤取して之を武藏平井に祭り、又秩父に移し、後又村岡に移す、而して七世常重に至り之を千葉に移す」と。これ千葉の千葉神社にして其の舊祠官二人共に飯粟原なり。若し然りとすれば、此等は上述の粟飯原氏とは別系なりと云はざるべからず。猶ほ下總海上郡芝埼村の八幡社舊祠官も粟飯原氏にして、下總國式社考、寺社分限帳等に「今松本氏と稱し古文書數葉を敢む」と見ゆ。
5佐倉風土記に「平良文、其の家士粟飯原常時を上野國花團に遣はし、神像を寤取して之を武藏平井に祭り、又秩父に移し、後又村岡に移す、而して七世常重に至り之を千葉に移す」と。これ千葉の千葉神社にして其の舊祠官二人共に飯粟原なり。若し然りとすれば、此等は上述の粟飯原氏とは別系なりと云はざるべからず。猶ほ下總海上郡芝埼村の八幡社舊祠官も粟飯原氏にして、下總國式社考、寺社分限帳等に「今松本氏と稱し古文書數葉を敢む」と見ゆ。