松池
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
伊賀の豪族に松池飛驒守あり、薦原村鵬山に其の城址存して城山と云ふ。マツイシ-マツウラ(三八三)川藩城代、津和野龜井藩中老、二本松丹羽藩用人、吉田松平藩小姓頭、細川藩重臣(前出)、上野山松平藩側用人、淀稻葉藩用人、佐伯毛利薩用人、山家谷藩用人、政訪藩重臣、戶澤藩用人、三上遠藤藩重臣(武鑑)等に見ゆ。又上林竹庵由緒書に「伏見城士松井主殿」を載せ、又秀康卿給帳に「二百五十石松井小右衞門」、又松江藩士松井源大夫邦彥は儒者にして蝎庵と號す。又關長門守侍帳に「五十石松井市兵衞」を載せ、又小田原藩士松井半平道輔は書家として名あリ。又江戶の詩人に松井健藏藩あり、澳齋と號す。又九條家侍、近衞家諸大夫、及び侍等に此の氏見え、また伊勢神宮祠官に在り、又京都の歌人に松井帶刀幸高(六愈軒)、浪華の儒者松井甚五郞暉農は、羅州と號す。又本願寺用人に松井外記あり。又奈良の墨工古梅圖松井玄々〓元泰は東庵の男、世々和泉操と稱す。又寛永申年、駿府町奉行落合氏の家臣松井氏の男·十三歲にて卒し、後天子御感艸有りて、吉田家へ勅し、二位大明神の勅許あり(駿府内外社寺記抄)と。初露明神これ也。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)