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松下(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

尾張、三割、遠江等に此の地名あり。大村尾張、三割、遠江等に此マツサキマツサキ-マツサハマツサハ-マツシタ五六〇五 の城に住す。豐臣太閤初めは、この之綱が家の奴にてぞまし〓〓ける。其の後天下の事知召されしに至つて、之綱·既に死す(之綱·天正十五年十二月、石見守に任じ、慶長三年二月晦卒、六十二歲。其つや、太閤と同年なれば、本文の記事誤也)。子息吉綱を召出されて御相伴衆になされ一萬石を賜はり、頭陀寺を領す。慶長五年の夏、東西の軍一時に起る。吉綱·東國の御方として、海道の先陣にて美濃の國に戰ひて勸賞を蒙り、駿河國久野一萬六千石を領す(遠江久野の誤也)」と。その後、石見守重綱(吉綱)·慶長八年二月、常陸筑波郡小張に移り、寛永元年三月、烏山二萬八百石となり、寛永四年三月十四日、陸奥二本松城五萬石を領す。此の年、重綱卒し、其の男石見守長網·權ぐ(童名左助)。明五年、同國三春の城に移され、三萬石となる。廢絕錄に「五年正月、男左助に三萬石を賜はり、三春に移され、去年賜ふ所の二萬石を收めらる。正保元年四月十日、長綱·狂疾に因つて、城地返し奉らんと、男松平土佐守忠義をして言上せしかば、其の望に任せらる。明年三月、男嘉兵衛長光を召されて、ミ五六八1佐々木氏族遠江國發祥の豪族にして、佐々木系圖に「信綱-氏信-滿信-宗氏(佐渡守、判官)貞氏-秀頓-秀康-秀俊-眞尙: FAL左自亮尾張ず號:方案内閣眞秀道松下居豊州山各義:を東:住:秀康賀子att週州松下元祖眞光重頓一面六郞; -髙氏-秀楓-秀豐-秀任-秀昌通州居住京極ure税込=松下勝監と見え、天文二十三年十二月十七日の敷智郡大日堂、義元袖判の文書に「岡部松下將監、同名右近」等見ゆ。又風土記傳等に據るに、長上郡頭陀寺城(芳川村頭陀寺)は松下嘉兵衞之綱の居所、秀吉此の家に仕ふ」と又三河記に「永祿十一年四月、頭陀寺の松下與右衞門·今川を叛いて、德川公の毫下に屬す」と又長下郡松下村は嘉兵衞、弟石見守等の出處なりと云ふ。以下次項を見よ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[5]:62頁

本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[54]:21頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[75]:31頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[186]:60頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[264]:26頁

新撰姓氏録考証(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)上(巻1-10):32頁、35頁、273頁
  • 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)下(巻11-21):23頁
  • 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻首:33頁、36頁
  • 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之11:23頁
  • 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之1-10:32頁、35頁
  • 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之11-21:22頁

系図・系譜

関連論文

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