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本間(5)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

5武蔵の本間氏埼玉郡山根城は太田道灌·築き、城主本間對九郞と云ひ、又新編風土記に「楊樹郡井田陣屋は井田村の巽の方にて、川より南にあたれる山屋にあリ。今その跡と云ふ所は七百坪ばかりもあるべし。相傳ふ、此所は謙倉將軍の時、本間五太夫某と云ふ人の陣屋あとなりとぞ。本間が事はその詳なることをしらず。今名主甚右衞門が藏する所の伏せ鉦は、古へ本間が望にまかせて、かへ物にせしものなり」と云ふ。又葛飾郡にありて、新編風土記に「本聞氏は彥成村の名主を動む。本姓は本間にて、今ま小櫃を氏とす。相傳ふ、祖先を本間孫四郞と云ふ。其の子孫六郞左衞門·鎌倉將軍家に仕へ、相撲國依智と云ふ所に屋數三ヶ所あり。僧日蓮、由井濱危離心臓、六郞左衞門·是を護し、後に彼の宗門を崇信して三履敷を捨てゝ寺とす。足立郡島根村安婦寺間山も、また其の一族なりと云ふ。六郞左衞門が子孫六郞左奮門、慶長中に始めて武州後谷村に土着L·田畑等を開發し、寛永四年四月十三日死す、法名養玄と號す。養子勘解由より氏を小櫃に改む」と載せ、又富澤記錄に丹の七家として、本間を收む。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

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