望理(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2播磨の勾君播磨風土記、揖保郡條に「越部里(舊名皇子代里)、皇子代と名づくる所以は、勾宮(安閑)天皇の御世、寵人但馬君小津·寵を蒙りて姓を皇子代君と賜ひ、而して三宅を此の村に造りて之に仕へ奉らしむ、故に皇子代村と曰ふ」と見ゆ。皇子代とは御子代にして、小津が此の天皇の御子代部なる勾部の長となリ.因りて皇子代君と云ふ也。故に此の場合にて、皇子代君と云ふは、即ち勾君に外ならざる也。而して但馬君は開化皇マカンダ
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)