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新莊(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

次條氏に同じ。ひて討死)-直昌(藏人、生國江州、童名又丸、法名源意、城を坂田郡朝妻に築きて之に據る。天文十八年三月、三好筑前守長慶·兵を攝州に起す。時に直昌·細川右京大夫晴元の招に應じて、攝州に赴き、長度を拒ぎて、數々軍功あり。六月十二日、攝州江口に於いて大兵に相當る。時に直昌奮擊して戰死す。親族、及び郞從等、同時に討死する者十二人) -直賴(駿河守、從五位下、宮内卿法印、法名晟ヨ.生國江州、朝妻城に住む。初めて豐臣秀吉公に仕ふ。天正の始め、秀吉公の命に依り、攝州山崎城に移る。天正十一年、柴田合戰の時、杉原七郞左衞門後號伯耆守)家次と同じく、江州坂本城を守60其の後、淺野彈正少弼長政と同じく居を大津城に移す。既にして大津城を以って、直賴及び直定に賜ふ矣。文祿三年まで猶ほ大津城主たり。文祿三年十月、大津を改めて、和州宇多城に移る。翌年又攝州高槻城に移る。慶長三年、秀吉公薨後、秀賴公に仕ふ云々。慶長十七年極月十九日卒、歳七十五)-直定(越前守) -直之(內匠騎)、弟直治(内藏助)」と。かくの如く直寬以前を云はざれど、後の家譜には「左近將監賴俊-右馬九季俊-腰瀧口季方-三郞大夫(修理亮)俊季-泉大夫(修理亮)俊宗-泉八郞後平-同十郞俊景-同九郞俊綱(今井氏文永元年卒) -六郞入道資綱-藤六左衞門宗俊-六郞左衞門遠俊(尊氏に仕ふ)-民部丞俊名(新庄氏を稱す、將軍義詮に仕ふ)-五郞左衞門正俊-將監直後-五郞右衞門直秀(實は今井詮遠六男)-藏人尉高直-左衞門佐直嗣-與三直寬-藏人直昌(又丸)-駿河守直賴」と見ゆ。氏人は淺井三代記、近江京極家臣に新庄駿河守、又豐鑑、伊亂記等に新庄駿河守、駿河〓見寺文書秀吉の朱印書に新庄駿河守等多く見ゆ。こは直賴の事にて、初め秀吉に仕へ、後德川氏に從ひ、常陸麻生三萬石を領す。藩翰譜に「駿河守藤原直頼は、近江國の住人藏人直昌が男なり。累代の先祖、室町殿の御家人にて、此の家の先祖、尊氏將軍の御母衣を下し賜ひ、今に傳來す。其の人の姓名をば失ふと云ふ(尊氏將軍に仕へしは六郞左衞門遠俊にて、其の子民部丞俊名·新庄と稱し、義詮將軍に仕へて戰功ありと、武鑑に見ゆ)。直賴が祖父奥三直寛に至りて、近江國坂田の郡新庄の城に在りて、伊吹山の合戰に討死せり、何れの頃にや知れずと云ふ(直廣の戰死は、天文七年正月、義晴將軍の先陣せし時なり)。直昌父に繼ぎ、同郡朝妻に城を構へて移る。天文十八年六月十二日、公方萬松院殿の御方に在りて、攝津國江口の合戰に三好が勢と戰ひて、主從廿三人同じ枕に討死す。駿河守直賴、初め豐臣家に近く召され、廿二人の眠近の其の中にて(御伽の衆といふ)、于息越前守直定と共に、所領の地を下し賜ふ(父子各一萬三千石づゝ)。慶長五年の秋、大坂の奉行等が、兵起りし時、越前守直定、彼の催促に任せ、宗徒の大名と同じく伊賀國に向ひ、上野の城を攻め落し(筒井伊賀守が住せし所なり)、此所に止りて守る。關が原の戰終りて後、直賴父子陳じ申す旨ありしに因りて、其の罪を宥められ、奥の會津に流されて、父子同じく蒲生殿に預けらる。三年の後慶長九年正月十五日、直賴父子召返され、其後所領の地賜はり(此の時に常陸國麻生の地二萬七千石を賜ひしにや、詳なる事を知らず)、常に関東に伺候して、將軍家に近侍す。十九年の冬、大坂の兵起りしかば、越前 シムシヤシムシヤ支庶七家、内直昌の二男刑部左衞門直忠は秀吉に仕、一萬四千石を傾す。又直時の弟民部直矩は二萬三百石を領す共に後沒收さる。此の氏の家紋は左藤巴、橋、揚羽蝶、菱葉、夕額花。シムシヤーシムセム二九〇〇守直定は子息直好と共に、將軍家の先陣うつて馳せ上り、今里の要害を守る。明る元和二年四月廿一日、五十七歲にして卒す。嫡子越前守直好、大坂前後の戰に、父と共に馳せ向ひ、父卒して家を繼ぐ。嫡男新三郞直常、世を早うして家權がすべき男子なければ、叔父美作守直房が二男直時(童名八十郞後に市大夫)に我が娘を配せて世嗣とせんとす。其の後直好一人の男を設けて、彼が成人の程は、直時をして權に家の事·行はせん事を望み讀ひて、寛文二年七月廿二日、六十四歲にて卒す。直時·男直好が家の事、司りて此の年十二月廿七日叙壽して、隱岐守に任ず、」と。寛政系譜、及び武鑑に「直昌(又丸、藏人)-直賴(新三郞、駿河守、宮内痢法印と稱す)-直定(越前守)直好(駿河守、越前守)-直時(隱岐守、實は同姓美作守直房の二男)-直詮(主殿)-直祐(駿河守)-直隆(備中守)-直侯(越前守、實は直祐二男)-直矩(駿河守、直隆二男)-直計(主殿頭)-直彪(駿河守)-容丸、」とcその後は「直彪-直敬-直正-美雄-直陳(常陸麻生一萬石)にて現今子爵。新庄邑より起り、一に新城に作る。秋田城介の配下にして保戶野城據る、に岩城色古城と載せ、又一に新城右衞門大夫安則に作る。水慶軍記に新庄三郞と云ふもあり。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

系図・系譜

関連論文

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