文明(2)
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概要
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姓氏家系大辞典
2丹黨下野國那須郡、大田原邑より起30武藏丹黨の一にして、宣化天皇の後商と云ふ。(タヂヒ、及びタム條參照)。卽ち下野國志に「大田原氏は武藏丹黨に出づ、丹治比眞人の姓なり。世々那須家の羽翼の臣にて、武功の家なり云々」(オホゼキ條を見よ)。藩翰諸には「備前守丹治晴〓は、下野國郡須の郡の住人、山城守繩〓が男なり。晴〓十五代の祖、武藏七黨の其の一つ、丹黨の末葉、備前守忠〓、初て大田原とは名乘てけり。武家補任には、藤氏と見えたり。又世に傳ふる所は、大田原は平姓丹治氏と云ふ。平姓にして、丹治氏なること心得られず。按ずるに姓氏錄に、丹比宿顧は、火明命の三世の孫、天忍男命の後、武額赤命七世の孫、御殿宿禰の男色鳴、第、淡路の宮に生れ給ひし時、大鶴鶴天皇の皇子瑞齒別淡路の瑞井の水を、御湯に浴し奉る時に、虎杖花とびて、御湯の養の中に入る。色鳴宿禰、天津神のことほぎの言葉をあげて、多治四壬辰四月)、大谷口孫太郞、大谷口右衞門三郎等見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)