敷名(1)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
備後國沼隈郡數名邑より起··●毛利氏の族にして、中興系圖に「數名、大江、毛利備中守弘元の三代、兵部承元範·これを稱す」と見ゆ。又藝藩通志に「大笹山は有原村にあり。城主大江兵部元乘と。又は數名兵部元範ともいふ。おもふに別人シキ-シキチシキツ-シキナシキナシ-シキネ二七三五 シキノカ-シキフ有餘年、當〓を全うす。天正三年、島津義久·頗久が忠勞を賞して、大隅の内、春花益田の地千石を與ふ。文祿三年、豐太間の命にて田地改易ありで、同四年賴賀·數根を去リ、垂水郷田上城に移る島津義久·市成郷を敷根頼(慶長十九年、賀に與ふ。これより市成の埀野城を治所とす。一に賴賀の曾孫立賴·市成賜ちと云ふ)。額賀が裔青·島津久浮なり。天明丙午の年、第二十三代の孫島津仁十郞久芳·祖先の古墳を集合して、城の南に敷根氏世々の墓を立つ」と見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)