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政忠(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

備前、信濃等にと見ゆ。東鑑卷三十二に荏原七郞三郞あり、氏か。此のエバシエノモト-エハシエハタ- 人2〓和源氏前項荏原氏と同樣武藏の荏原郡荏原郷より起ると云ふ。風土記稿中延村條に「村内八幡社の緣起に文永年中荏原左衞門義宗當所を領す。永祿二年改の北條家人所領役帳に中の部品川筋島津孫四郞と記せしは當所のことなるべし、」と。又別當法蓮寺條に「開基は越中阿闇梨朗慶なり、廟慶は日期の弟子九老僧の一人にて、もと江原左衞門義宗の子なり。本化佛祖統紀九老傳に云、江原義宗は源義家の遠孫なり、世々武州荏原を領して、此の中延〓に居住せり。ゆへに江原を以て氏とせり。抑も江原氏の事は當國七黨の內、猪俣黨の庶流にも荏原氏あリ。されども義宗は源家にて義家の末流なりと云ふ時は、猪俣黨の荏原氏とは自ら別なるべし。今義家流荏原氏の系圖と云もの世に傳へず、又他の記錄にも所見なければ、總て詳なることを知らず、」と。又蓮沼村條に「嘉祿年中荏原兵部有治といへる人此地を領せしよし、荏原氏は武藏七黨の中、猪俣黨にもあれば、かの系圖を閱するに有治の名未だ見えず。又中延八幡宮社傳に〓和源氏義家の庶流にも荏原氏ありといへり。これによれば有治は、いづれの荏原氏なりや今より知るべからず、」と見ゆ。江原條參照。

系図・系譜

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