攝家
表示
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
雲上家の家格なり。藤原良房·人臣にして攝政となり、其の子基經、また字多朝に關白に任ぜられてより、子孫·此の二職に補せらるゝを例とし、世官世職の姿をなせり。その後、忠通の子なる基實、兼實に至り、藤原氏の摘家二流となり。更に三代を經て五流となり、造に抵関の職を襲ふに至り、稱して五攝家と云ふ。近衞、麿司、九龍、一樣、一族、是れなり。忠通-基實-基通-家實-兼經(近衞)兼平(鷹司)〓實(九條) -兼實-良經-道家-良實(二條)實經(一條)後、皇胤より、近衞、一一、鷹司の三家を襲げるを以つて、半ば皇別、半ば神別となれり。詳細の系圖は藤原條、及び各家々の條に詳か也。この抵家は、要するに藤原氏の本家にて、その昇進に多く「大夫-少將-中將-中納實納言-大臣--關關」の順序にて、大將は大納言、或は大臣の時、兼務す。その分家に醍醐、富小路の二家あり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)