拘尸羅
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
大和國葛上郡櫛羅邑より起る。至德元年四月の大和武士交名に拘尸羅殿見ゆ。相當の豪族たりしを知るに足ら又御兵士引付に俱尸羅淨阿あり。蓋しん。其の後ならん。次いで永正の頃、倶尸羅某あり、國判衆十二家の一たりしも、漸く衰へ、監物光貞に至リ、楢原家の麾下に屬す。光貞は神皇產靈尊十八世の孫小羊の苗裔と云ふ。郷士記に「俱尸羅監物光貞·神皇產靈命十代小羊の子にて、久進良と云ふ。四門之祖也」と見ゆ(大和志料)。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)