悅翁
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
道ととはす。これより子孫民間に下れりと云ふ左衞門尉が働の場所附あり、これは大久保石見守が尋によりて、喜兵衞より披見にいれし寫しなり」と云ふ。22武蔵の野村氏前二項參照。荏原郡に存し、又葛飾郡東葛西領の村民野村次郞右衞門と云ふ者、澤田村民七右衛門と共に野澤村を開墾す。又埼玉郡に見え、又野村外記勝房あり、大石條參照。23越後の野村氏古志郡町田城主に野村越中守あり、上杉憲顯配下の將也。24雜載その他、尾州家重臣、飯田堀藩重臣、岸和田岡部藩重臣、福岡黒川藩重1E,福島板倉藩家老、明石松平藩重臣等に此の氏見ゆ。又大垣藩儒に野村燠·藤陰と號す、龍左衞門の子也。又津藤堂藩儒に野村世業·四巒と號す。又堀尾山城守給帳に「五百石野村孫二郞、二百石野村惣左衞門、百二十石野村與兵衞」等を載せ、又八戶南部藩士野村明宗の子左門宗軌は潜龍と號し、又軍記と云ふ、名士也又加賀藩給帳に「千七百石(上羽蝶)野村奥三兵衞、千二百石(同)野村岩之助、八百石(
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)