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思(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

〇思國造安藝國造の族なり。此の國造の事は、國造本紀に「思國造、志賀高穴穗(成務)の御世、阿岐國造同祖、十世の孫·志久麻彦を、國造に定め賜ふ」と見えたり。而して此の思國と云ふは、シノブ國にて、信夫國の重出なりと云ひ(シノブ條參照)、或は思太の太を脫せるならむと云ふ。若し後者とすれば、後の陸奥國志太郡(今陸前)の地の古國なるべし。次に國造の祖なる志久麻彦は色麻彦と思はるれば、色麻郡色麻〓より出でし名稱なるが如し。果して燃らは、思國造も其の附近に求むべきか。京都鳥丸丸太町の比慈受院シシミシシミ-シシユイシシユウーシタヽ二三六 天部族の請ひて建置したるものなれば、此の族の甚だ多かりしを知るべし。蓋し此の氏は此の地物部族の伴造家にて、後世永く此の郡の大領たるより思ふに、恐らく物部河内、物部會津等の後なるべしと考へらる。天孫本紀には「物部小事連公は、志陀連、柴垣連、田井連等の祖」と載せ、又萬葉仙覺抄引用常陸風土記に「黑坂命·陸奥の蝦夷を征罰し、事了りて凱旋す。多歌郡角枯の山に及びて、病に過ひて身故す。爰に角枯を改めて黑前山と號ふ。黑坂命の輪幅車、黒前の山をたちて、日高見の國に至る。葬具の儀、赤旗青幡、交雜して飄島、雲の如く飛び、虹の如く張る。野を整し、路を輝かす。時の人これを幡垂國と謂ふ。後世言便に信太國と稱す」と見ゆ。蓋し黑坂命は信太氏の祖か。また風土記に「郡北十里碓井、古老の曰く.大足日子(景行)天皇·浮島の帳宮に幸す云々。此より以四高來里、古老の曰ふ、天地權與、天より降ります神、名を普都大神と稱ふ。山河の荒梗の類を和平し畢りて、身に隨へ給へる器仕、甲戈楯銀及び執り給ひし玉珪、悉く皆脫履して、此の地に留め置き給ふ」と。普都大神は物部氏の氏神にして、浮島は此の氏の後裔浮島大夫の住みし地也。然らば此の氏の本據は此のほとりか。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

系図・系譜

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