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忠繼(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

-フムヤ五三〇二尾四十、四十一に豐後四郞左衞門尉忠綱、九に島津豐後左衞門尉忠綱、十一、三十六、四十三、三十七に豐後十郞左衞門、四十五に豐後左衞門尉忠三十九、三十四新左衞門尉、桐四十に島津豐後前司、五十に豐後三郞左衞門尉等四十八に豐後見ゆ。祖たり。又後に豐後守季久あり、豐州家の5薩隅の豐後氏前項參照。猶ほ宮城〓木原氏文書、眞幸院草部重兼狀に「謀叛人豐後冠者費實、大夫義祐」と。又建久圖田帳に「去る文治年中の比、豐後冠者·謀叛に依り、彼の亂逆の間、引失せられ畢る。依りて大略注進·件の如し」so 6豐後守賴氏-左門尉氏綱-義信(豐後三佐々木氏族尊卑分脈に「京極氏信-郞)」と載せ、佐々木定綱裔氏信四代·三郞義信之を稱す」とあり。又中興系圖に「豐後·宇多、7武蔵の豐後氏入間郡長宮社天文狀に等見ゆ、「大旦那宮寺惣地頭·豐後入道妙彌芳金鑛子藏人佐、仲.末子向山勸解由左衞門高行」向山等の條參照。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

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