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忍海原

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

忍海上、忍海倉、忍海山下等と對照すれば或はオシノミノハうと訓ずべきか。大和國忍導にありし氏なリ。此の名あるか、忍海山下連忍澤漢人○忍海原連延曆十年正月紀、忍海原連魚養の奏言に「謹んで古牒を撿するに、云はく.葛木襲津彦の第六子を熊道足福と曰Jo.是れ魚養等の祖也。熊道足翩六世の孫、首麻呂、飛鳥淨御原朝延(天武朝)辛巳年、貶されて連姓を賜ふ、云々、」と(全文朝野條にあり)、遂に朝野宿禰の姓を賜ふ。次いで弘仁三年六月紀、弘仁六年十二月紀、承和二年二月紀等にも、此の氏が朝野宿禰姓を賜へることを記し、最後に朝野朝臣姓を賜へり。詳細は朝野の宿禰項を見よ。淨御原朝廷辛巳の年とは忍海造が連姓を賜へる歳なり。然らば此の氏の原姓は忍海造にて、貶賜など云ふは後世の思想より云ふに過ぎず。又葛城の旅と云ふも假冒に過ぎざらん。蓋し此の氏より魚養、鷹取、鹿取等の偉人を出だし、一躍名族となりて、宿禰、或は朝臣等の高姓を賜はる必要ありし爲、葛城の族など云ふに至りしものと考へらる。卽ち此等忍海上、忍海倉、忍海山下、忍海原等は總べて、忍海道より出でし氏と思はる。

系図・系譜

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