後藤(5)
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概要
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姓氏家系大辞典
5河内の後藤氏後藤氏の祖公則は利仁五代孫なれど、文德源氏河内守章經の養子となり、又河內守、而して後藤太則明は當國坂戶住人と見ゆ。卽ち當國は此の氏の發祥地にして、其の本據たりしなり、前後の諸項、及び坂戶條を見よ、6摂津の後藤氏矢田部郡生田宮村の名族なり7和泉の後藤氏日根郡波有手村の名族也8伊勢の後藤氏第一項、第二項參照後世·三重郡羽木村釆女城に據り、釆女七郷を領す。三國地志に「1、藤原實基。按ずるに、魚名公十五世左衞門尉後藤實日根郡波有手村の名族重県立 遠の男、左兵衞尉に任ず。是れ後藤の祖なり。2.藤原基〓。按ずるに、實基の男、(實は佐藤仲清の男)、左衞門尉に任ず。3、藤原基綱。按ずるに、基〓の男、從五位下に叙し、玄蕃頭、佐渡守、左衞門尉に任ず。應永十一年卒。4、藤原基■按ずるに、基綱の男。六波羅經定衆、從五位下、伊勢守に任ず。太平記に『中殿御會篇、後藤伊勢守云さ』。5、藤原基秀。按ずるに、基隆の男、謂岐守に任ず、山田〓地頭。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)