役(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2役君前條氏に同じ、文武紀三年五月條に「役君小角伊豆島に流す。初め小角葛木山に住み、呪術を以つて稱せらる。外從五位下韓國連廣足、焉を師とし、後に其の能を害し、騰するに妖惑を以つてす。故に遠處に配せらる。世相傳へて云ふ小角能く鬼神を役使し、水を汲み薪を採る。若し命を用ひざれば、卽ち呪術を以つて之を縛す」とあり。役君は加茂氏より出でたるが放に、加茂役君とも、單て殺君とも云ひしにて、三輪氏の族なDo小角は修驗道の開祖として名高き人KT.後世は神佛二道を基とすれど、小角は道〓思想を主とせし人かと云ふ。其の傳に云ふ、「藤皮を以つて衣とし、松葉垂仁帝裔なり、コロモ條勢國言ふ鈴鹿郡枚田縣戶主川俣縣主權成の戶口·役茂麻呂の妻、川俣縣造藤繼柄女、」と見ゆ。エ政事要略·天曆五年頃の人に柄朝役直の族か。臣を氏姓とするもの見ゆ。ず。起原詳かなら又後世安藝國に柄氏あり、藝藩通志豐田郡豐太闇より、條にを善するを以て、朝鮮役に從ふ。歸朝の後、「木谷邑、感狀を賜り氏を柄と賜るとい柄氏、先祖三右衞門、鳥銃ふ。元祿間の三右衞門、此村二馬手浦に醒枝當村に遷住す」田を開く、エ東鑑卷四七に枝兵衞入道なる者見もと三津村に居りしが、と見ゆ。寶永中ゆ。頴娃惠〓とある地より起る。詳。ヱエイ武家系圖に藤原氏とす、エ和名抄薩摩國願娃郡頴娃古くは衣と稱せし地正訓未に說きし處なりK.1.此の氏は衣君の繼續なる事、(衣「エ」條參照)。その條1肥人族古代衣君の後なり。