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廣瀨(3)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

3後世高山彥九郞あり。その系圖にコミ原親王の裔、高山三郞重遠の後胤、重純(高山左馬頭〕-重孝(藏人)-行重(山城守)-某(遠江守)-繁政(因幡守)-某(源左衞門)-繁之(太左衞門)-繁久(水三) -貞正(傳左衞門。實は蓮沼正房の長男。弟は小川市兵衞養子。妹は蓮沼圖書正房の室)-正〓(彥八。弟正隱は蓮沼要右衞門、その弟正業は長藏と云ふ、創持則廉長子と)-正晴(專藏)、弟正之(高山彥九郞仲繩、延享四年五月八日生。妹イシは高橋仁左衞門室、キンは伊奧久嘉吉室) -竹駒(義介。その姊サトは誠德江官吉の妻、妹をリヨと云ふ)-某(恒太郞)-正敬(石九郞)-某(高山守四郞)」(武藤敬次郞)なりと。彥九郞は細谷の人也。新田郡太田町大字太田字高山に高山神社ありて、彥九郞を祭る。當社は明治十二年勸請し、同十三年三月縣社に列せらる。寳物として先生所持の鳥帽子、笏、櫛、水器、靴、直筆の書翰等あり。又墓は筑後國久留米在通照院にあり。石面に「松陰以白居さの六字を鐫し、其の旁に「生國上野新田郡細谷村高山彥九郞正之墓、寛政五癸丑六月廿七日」と刻す。安藝竹原の人唐崎常陸分は其の墓下に自刄したり。彥九郞は久留米藩士森嘉膳の家に屠腹したる也4兒玉黨第一項氏に等しかるべきも、秩父行弘の子五郞行高の後なりと云ふ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之2:69頁

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