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常葉(藤原北家長良流)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

4藤原北家長良流山城國葛野郡に常盤の地あり、其の地より起る。尊卑分脈に長良の子八條國經(大納言)八世孫·爲忠(常磐丹後守、歌人、左衞門尉、參河守、木工頭、昇殿、母近江守有佐女、保延二卒)-爲盛(兼綱)、第爲業(皇后宮大進、伊豆伊賀等の守。歌人、オ人也法名家念世權作者)、弟賴業(壹岐守、歌人、出家唯心房、大原に住す、〓然、往生傳に入る)、弟爲隆(盛忠、長門守、入道寂超)、弟兼豪」等と見ゆ。內爲業は大鏡作者にて、四行の山家集に「前伊賀守爲業·ときはに堂供養しけるに云々」とo又地名辭書に「常盤堂址。藤原爲忠の家は常盤と稱し、其の奇孫·伊賀守爲業は入道して寂念と云ふ。二弟寂然(俗名賴業)、寂超(俗名爲隆)と、並びに大原山に隠れ、皆和歌を善くす。寂念著す所の大鏡·一名世繼物語あり、世に行はる」と5桓武平氏北條氏族相摸國鎌倉郡常盤より起る。北條系圖に「義時-陸奥守重時-陸奥守時茂(號常葉、文永七年正月廿七日卒)-時治(越後守)-重貞」と載せ、また分脈に「時茂-時範(遠江守)ー範貞(越後守)-重高」と云ひ、中興系圖に「常葉、平姓、相模守政村·これを稱す」と政村は重時の弟也。氏人は太平記卷二に常葉駿河守、十に常葉駿河守範貞を載せ、これより前、東鑑、建長八年八月に、將軍家·新奥州政村が法名家歌人、往生傳入道寂常葉第に臨む事を載せ、又弘長三年二月、常盤御亭に、一日千首の和歌會のことあリ。今も常盤御所と云ひ傳ふる所ありとゼ。政村は常盤院定崇と號す。又新後撰の景綱の歌は、詞書に「平時範の常盤山莊にて、寄花祝と云ふ事をよみ侍りける」とあり。時範は常葉時茂の子にて、重時ウムチ、景綱は重時の兄拳時の家士なり。時茂が家號を常盤と號するは、此處に山莊を有せし爲ならん。その他、北條重時の四子鹽田武州義政も常盤に居れり。親鸞上人が外孫·唯善法師も常盤に庵室を結び、念佛をしたる事·遺跡錄にも見え、其の庵址存す。政村亭址は村東の陸田四段許、御所常葉之内と字す。義政亭址は相距る二町、殿之入と字し、廣さ一段許、唯善庵址も此の邊にて、一向堂と字す(新編風土記)。北條、鹽田等の條參照。6〓和源氏武田氏族甲斐國八代郡常葉より起る。秋山太郞光朝の男常葉二郞光季の後にして、常葉は東河內領の村名也。嘉吉頃·常葉丹後守光秦あり。7〓和源氏小笠原氏族信濃國水內郡常整(常葉)邑より起る。尊卑分脈に「

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

系図・系譜

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