師木
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
前條、及びモロキ條を見よ。志幾シキ磯城、志貴に同じ。志木郷あり、シキ高山寺本には志未に作る。和名抄、武藏國新座郡に志木シラギ條を見よ。又薩州舊傳記に「志岐氏は肥後の國人にて、四萬石計リ領知致し、志岐の城主にて、志岐兵部少輔鎮經入道議泉と爲リ申すものにて候云々」と。又九州記に「天正八年、志岐民部允、」國誌草稿に「元亀天正の頃、志岐兵部少輔鎭經、其の子志岐入道林泉、其の子兵部部(有馬修理大夫の叔父)、少輔親重、また「親重の親父·林泉」노to又天草城主附にと。同隱居林泉、」諸書同じか「菊池兵少輔諸經は、爲る」と見ゆるに從ふべし(事蹟通考)と。らず。又〓正記に有馬系圖には「天草の地侍志岐林泉」志岐兵部少輔鎭經が養子と「晴純の五男·兵部又肥後小艦に「志岐城主志岐藤泉、」など多く見え、又天草一黨覺書に「志岐藤左衞門」2あり、雜載百人扶持也。その他、肥前高來郡有家邑に此の氏あり、蓋し前項氏の後なるべし。式シキ磯城、志貴等に同じ。志儀シギ信貴シギ河内志貴氏の奇なるべし。鴫城武藏國入間郡の名族に此の氏あり。シギ志貴條を見よ。備中後月郡に此の邑名存す。川越の又前條、及びモロキ條鳴惣右衞門、同內匠等、銀冶町を開く。又銀治鳴善吉·志義町を開くとぞ。信藝シキ和名抄、遠江國山名郡に信藝郷あり、敷地條參照。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)