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市往(岡運姓)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

2攝津の市往氏靈異記下卷、第二に、禪師永興は、諾樂左京興福寺沙門なり奏0俗姓葦屋君氏、一に云ふ、市往氏、攝津國手島郡の人也、」と。また神龜四年十二月紀に「僧正義淵(俗姓市往氏)、禪枝早茂、法梁惟隆、云々、宜しく市往氏を改め、岡運姓を賜ひ、其の兄弟に傳ふべし、」と。こは天平十九年十月紀に正朝イチカハイチカハ- さしめ、自身は惟宗姓を稱せり。政家四世孫美作守氏家、其三世久家に至リ島津立久に亡ぼさるとなり。地理纂考薩摩國市來〓大里村鍋ヶ城條に「往古市來氏、市來院郡司にて居城なりしといふ。市來氏系譜に、大藏姓と惟宗姓との二家ありて共に市來院の院司たり。大藏姓市來氏は其支族政房に始る。其祖先後漢靈帝の裔孫阿智王の後に出ず寶龜年中大藏政房始めて薩摩國に下向し、市來院郡司となりて當城に住居す。第四世十郞家房二女ありて嗣子なし、因て外孫惟宗太郞左衞門政家に娶せ、政家に院司を讓る。斯して政家其弟橋口次郞家忠、(家忠又山城とも見ゆ。河上名を領す、因て河上氏とも稱せしとぞ)に大藏姓を冒さしめ、政家は惟宗姓を冒して子孫世々院司を承襲す」とあり。

系図・系譜

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