島本(3)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
3紀伊の島本氏當國の豪族にして、續風土記、名草郡狐島村覺圓寺條に「明應年中、淨賢といふ者の開基なり。淨賢·俗姓は、島本左衞門大夫直守といふ難賀黨なり。其の後裔、文祿天正の頃に當て、左衞門大夫直政といふものあり。寺を從第祐心に附し、京師に退く。子四人あり、長子正光は宇喜多中納言に仕へ、八千石を領し、次直親は金吾中納言に仕へ、四千石を領す。皆討死す。次に正重は淺野家に仕へ、次に某は黒田筑前守に仕へ、五百石を領し、後浪人す。其の子島本武兵衞·南龍公に奉仕す。正光の子當村に歸り、寺を相續す」と見ゆ。天正中、雜賀門徒の首領に島本仁左衞門あり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)
寛政重修諸家譜(記事名の出現頁・OCR照合)
華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治17年)下巻:84頁