コンテンツにスキップ

岸地

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

此の氏は岸地氏系圖に據るに「人皇三十九代天智天皇(葛城皇子と申す)、〇天武天皇(中原天皇とも申す、天智の弟也)、○大友皇子(從一位太政大臣宮なリ、江州漏田にて死す)、○大友眞島(正二位左大臣)、○賴信(人皇七十代後冷泉院永承三年卒す)、〇基重、○之賴、○武賴、○近次、○治忠、○長瀬、○實治、○治則、。重勝(岸地且將、生國豐州、豐後の城中に於いて、筑後の久留米、御井、御原兩郡の大將と成る)、(茂行)、○義治、○賴定(賴直當初代也。文治二年初て家を作る)、〇一問、○女某(屋佐)。人皇三十九代天智天皇後胤相續の末孫也。抑も岸地氏は黍くも人皇三十九代天智天皇の後胤にて、大友眞鳥公より相續し仕へ來れり。貞元四年正月廿五日、罪有りて豐後の國に配流せり。其の子賴定·肥前國に流刑せられて卒す。其の後、保元合戰の時、院方に參リ、法性寺海道にて平家基盛に討たる。且つ將助は合戰に討まけ、備前國に落行き住しけれども、又々長門の國萩江え住居しけり。其の後豐浦郡吉永村え居住す。義治は豐後の國岸地相傳の根本の家筋なりと云ふ傳說なり。義治は同地にて死す。系圖等子孫今に相傳せるとなり、今以て代々存す。一閣は黒井村に居住す。安元二歲西二月吉展」と載せたり。信じ難き點多きも參考に備ふのみ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)

系図・系譜

関連論文

外部リンク