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山路(和源氏佐竹氏族)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

子義昌を以つて、其の後を承く。義昌·天正十七年、奥州大平合戰に死し、城廢す(系圖、永慶軍記)、一に山野尾につくる(赤水考)」と(地名辭書)。その他はオノサキ條を見よ。5〓和源氏佐竹氏族前條參照。新編國志に「山直。多賀郡山尾村より起る。義葛の四子義昌·小名乙壽丸、初め義通と日ふ。大掾慶幹の後を承け、後に昌幹と更め、後大掾員國の爲に逐はれ、又小野崎政道の嗣となり、義昌と更め、三四、山城守と稱す。子三郞·天正十七年、陸奥大平城を攻めて戰死す。東義久の子宜政·嗣く、三三とと前和名抄、肥後國字陀郡の名にして、五於這響又同福木田堡二警城山に在りて、山路彈正忠の一族罅りしと云ふ。又關長門守侍帳に「百五十石山路九左衛門」を擧げ、又内宮祠官に存し、志摩にも在り。桓武平氏小松内府重盛の後なりと云小。家紋揚羽蝶、四目結。寛政系譜に惣右衞門久長(幕府御徒)より系あり。山路彌左衞門(連貝軒君樹)は尊敬家として名商し。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)

系図・系譜

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