尻(1)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
1武蔵の三河尻氏當國の豪族にして、幡羅郡三ヶ尻邑より起る。保元物語に三河尻五郞大夫最後を載せ、その後、東儀卷二十五に瓶尻小次郞、また鎌倉大草紙に、甕尻とあり。而して新編風土記、三ヶ尻村條に금 ,瓶尻太郞、或は瓶尻十郞胤光などいへる人·住せし地なりなど傳ふれど、東鑑、水久三年六月の條に見えたる瓶尻小次郞も當所より出し人なるべし」と。成田分限帳にも「永丗三貫文·武州三ヶ尻喜市郞」と見ゆ。又三ヶ尻陣屋條に「村の東にあり。一段四畝の地にて、今は水田となれり。當所は瓶尻太郞、或は瓶尻十郞胤光が舊館ともいひ、又黒澤武藏守義政と云ふものの居りし跡なりともいへり。また文明五年長尾景春·古河公方成氏の後詰として、男衾郡鉢形の城に橋籠り、夫より埼伊ミカサミカサキ-ミカシキミカシマ-ミカシリ五五八 ミカシリーミカタミカタミカタBum玉郡成田へ出陣せし時、太田入道道灌が馳向ひて荒川を渡り、當所に陣して兩陣の間を遮りしも、この所のことなりと云ひ、又大里郡熊谷町萬家布施田半次郞廣映の男山城守長章·成田肥前守の聲となり、武州三ヶ尻に城を築く云々など傳へたるは此處をいひしならん」と山本善太郞氏云ふ「小田原北條分限帳に親德軒知行の内、五貫文、久下近趣尻と見えたる地にて、東艦の瓶尻小次郞の外、太平記に、瓶尻十郞、同兵庫助、深谷記に三ヶ尻丹後、鎌倉九代記、湘山星影集等に麗尻などある、此の地所產の人物也」と。今も此の氏武蔵に存す。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)