少貳(1)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
太宰府の官名にして、王朝時代は定員二名、大貳に次ぎ、筑前と肥後との國守を兼務する例多し、此等の事は太宰條を見よ。國司と同樣、中央より赴任する官職なりしが、鎌倉幕政の初め、武藤氏·此の職に任補せられてより以来、世襲職となり、少貳を以つて稱號とするに至り、王朝の制廢す。少貳は又少卿と呼ばる、ニュ唐名を採れるなり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)
太宰府の官名にして、王朝時代は定員二名、大貳に次ぎ、筑前と肥後との國守を兼務する例多し、此等の事は太宰條を見よ。國司と同樣、中央より赴任する官職なりしが、鎌倉幕政の初め、武藤氏·此の職に任補せられてより以来、世襲職となり、少貳を以つて稱號とするに至り、王朝の制廢す。少貳は又少卿と呼ばる、ニュ唐名を採れるなり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)