小路
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
餘目舊記にコヘーコヘムコ「伊達殿·鎌倉へおりのぼりの定宿白河也。御へん小路の五郞左衞門と云ふ者のかたなり」と見ゆ。御返事ゴヘンジオツヘジ羽後國雄勝郡御返事邑より起る。山北小野寺遠江守義道の家臣に御返事三郞(桑ヶ崎城主)あり。永慶軍記に「天正十八年、最上勢一千餘騎、八月十五日、雄勝ヘ切入り、小野庄にぞ陣取りける。爰に小野寺が郞等御返事三郞貞久と云ふ者あり。敵來らば、一戰を勵まんと、女房稚き者をば、昨日稻庭に落して、小野寺上野介を賴み、百餘人を引具し、敵の大勢に驅入り、縱橫無盡に切リ廻り、討死す。最上勢は其の翌日御返事より北の方二里を隔てゝ、小笠原能登守高恒が籠る合川の城を攻めたりける、」と載せたり。猶ほ陸奥に御返地あり。オッヘジ條を見よ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)