小瀨(8)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
8其の他、參河後風土記に小瀨四郞右衞門、德川時代尾州徳川家の重臣、伯太渡邊藩の重臣に此の氏あり。又加賀藩給帳に「拾人扶持、小瀬貞安。」幕末尾州藩に小瀨新太郞あり。尾瀨ヲセ上野國利根郡尾瀬より起る。後閑村玉泉寺古記に「源頼義、奧州安倍貞任と挑戰す。貞任(或は惟任に作る)尾瀬谷窟に籠居す。其の路危嶮、而して其の城固牢なり。康平四年辛丑、武將賴義朝臣〓は義家と曰ふ)利根郡に於いて八幡大菩薩を勸請し、敵軍を退くる事を警願す。神甚だ奇瑞を見せ、而して後尾瀨城を陷るゝ也10安倍の餘黨、八幡山岩窟に在りて餓死す。俗に八束明神と稱す、賴義(或は義家と曰ふ)武威·信心を兼ね、神德に合し新るの故也。今利根郡に安倍姓あり、尾瀨黨斎也。長享二戊申歲、仲秋、玉泉二代曇英惠應」と見ゆ。アベ條を參照せよ。鯖江藩侍帳に尾瀬喜慶治見ゆ。於勢オセ
(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)