小境(1)
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概要
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姓氏家系大辞典
條を見よ。刑部オサカペウタへキヤウブ御名代部の一なり。尤恭皇后忍坂大中姫の御名を負ひし部にして、古事記、尤恭段に「大后の御名代として、刑部を定む」とo書紀によ、尤恭卷二年條に「皇后(忍坂大中姫)の爲に刑部を定む」とあり。刑部は和名抄、備中國賀夜郡、英賀郡、伊勢國三重郡、遠江國引佐郡等の刑部〓を、於佐加倍と註するにより、オサカべと訓すべく、皇后の御名忍坂を負ひたるを知る。而して其の刑部なる字を用ふるは、「此のオサカベの人が後に刑部(ウタヘ)の職に仕奉りし事ありしによりてなるべし」との記傳の說に從ふべきか。兎に角、單に刑部と記せる時は御名代部なるや、ウタへの職に仕ふる品部なるや決し難き譯なり。されど垂仁紀三十九年條の「神刑部」の如きはウタへなるべけれど、其の他は殆んどオサカべなるが如し。此のオサカベには靱部と大炊の二種あり。「刑部刀自賣」等十九人見ゆ。又當國々分寺より發掘されし文字瓦に刑部とあるものあり。