尊卑(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2尾張の淺野氏丹羽郡淺野村より起る。この地康正二年の造内裏段錢引付に淺野保と載せ、又古く麻野とも記す。卽ち禪林寺藥師如來台座裏に「明應六年丁巳六月吉日、尾張州丹波郡下麻野極樂寺云々」とあり。若し尾張發祥の淺野侯を前述美濃淺野氏と同族なりとせば、此の地は淺野氏の移住によりて生ぜしなるべLoこの淺野氏が美濃淺野氏と同族なる事は、德川時代の諸系譜皆これを云ひ、他に有力なる異說なき時は、たとひ適確なる徵證なしとするも之に從ふ外なかるべし。されど若狹國小濱八幡天正二十年九月廿七日の棟札に「尾張國住人父子淺野彈正少弼藤原長吉、淺野右京大夫藤原長繼、願主尾張國住人淺野八郞左衞門尉藤原家次」とありて藤原姓とあるは怪しむに足らん。長吉とは長政の前名なり。實は武田氏の族安井五兵衞重繼の長男なれど、淺野長牌子なきにより其の嗣となりしものとす。寛永寛政系圖長於を祖とす。其の子光忠-光盛-國盛-賴隆-長勝-彈正大弼長政(秀吉に仕ふ、文祿二年甲斐國二十二萬五千石) -左京大夫幸長(関ヶ原役後紀州和歌山三十七萬六千石)其弟但馬守長晟(元和五年安藝廣島四十二萬六千石) -紀伊守(安藝守)光最-彈正大弱綱是-安藝守綱長-安藝守吉長-安藝守(但馬守)宗恒-安藝守(備後守)重最-安藝守齊賢-齊〓-慶熾-長訓-長勤、現今侯爵、家紋丸に違鷹羽、六本骨扇に澤潟丸に三引兩、石)-內匠頭長直(正保二年播磨赤穂)采女正長友(五萬石)--內匠頭長矩絕ゆ、第大學長廣(五百石)淺野氏の氏神天神社は尾張の下淺野にあリ、尾張氏の祖天火明命、並に菅原道眞を合利す。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)