富坂(藤原南家工藤氏族)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
山城に富坂莊あり。又武藏にも此の地名存す1藤原南家工藤氏族美作國勝北郡梶並庄の名族にして、伊勢長野氏の族なりと云ふ。富坂右京進忠保に至り、三星山城主後藤勝基に仕ふ。天正七年五月二日戰死し、其の子左京亮氏保·菅家の女婿と又武トミキトミキトミク-トミサカ四〇一三 トミサカトミサキ-トミサハの沙汰あるべく、地利分の儀は申付けらるべく候。彌々入魂肝要に候。恐々謹言。永祿三·五月廿七日後藤勝基、富坂右京進殿」と。又永祿十一年八月十六日の弘實花押書に「左京亮殿」など見え、又知行方古書一卷奥書に「其の時、天正六季戌歲、十月十九日、富坂孫六隆保花押」など載せたり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)