家親(7)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
7三瀨御所大河內御所の事は、一一六六頁四項、一一六七頁五項を見よ。次に三瀨御所と云ふは、天正年中·北畠國司具〓の整居せし地を指し(入道不智)、其の址は、上三瀬の字空通にあり(伊勢名志)甲陽軍鑑に「永祿十二年、信長·伊勢に發向あり。國司(具〓)は昔の多氣(大河内)を出で、內山の三瀨と云ふ所に隱居し、信長二番目の子息茶筌(信雄)を聟にす。國司の御前方、近江佐々木の息女に男子(信意)有りと雖、殊の外肥滿にて、然も虚人なれば、妹聲に國司を讓り玉ふ。 バ乃ち三瀬を大御所、ふとり御所を中と仰ぎ、茶筌を御本城と仰ぐ。元龜三年〓月、信玄公遠州味方原勝利。翌年正月、二級の大御所より使者にて、天下に御旗を建らるゝに附いては、御舟を進むべしと、堅き警紙を以つて仰せ入れられ候。然るに同年四月、信玄公他界也。天正四年霜月に、三瀨にて大御所切腹云々」と。8
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)