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安田(2)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

2氏人平家物語に「甲斐源氏安田三郞義定」、「遠江國をば安田三郞義定に預けらる」など載せ、源平盛衰記に「一姓の源氏安田、安田三郞義定」、「武田太郞信義、同弟加々美次郞遠光、安田三郞義定、一條次郎」と擧げ、「安田三郞義定·近江守」、「源氏の方よりは、安田冠者義貞·先陣にありけるが、云々」又「兵衞佐殿は鎌倉へ歸入りて、慮江をば、安田三郞に粉ふ」など多し。又東鑑、治承四年八月條に「二十五日、大庭三郎景親·武衞の前途を塞がんが爲、軍兵を分ち方々の衝を固む。侯野五郞景久駿河國目代橋遠茂の軍勢を相具し、武田一條等の源氏を襲ふにく。而して胙日昏黑に及んで、富士北麓に宿する處、景久、並に郞從帶ぶる所の百餘張の弓弦、鼠の爲に喰切られ畢んぬ。仍つて思慮を失ふの刻、安田三郞義定、工藤庄司景光、同子息小三(次)郞行光、市川別當行房、石橋に於いて合戰を遂げらるゝ事を聞き、甲州より發向の間、波志太(山)に於いて、景久等に相逢ふ。各々轡を廻らし矢を飛ばし。景久を攻貴し、挑戰刻を移す。景久等弓弦を絕つに依つて、太刀を取ると雖、矢石を禦ぐ能はず、多く之に中る。安田巳下の家人等、又劔刄を免れず。燃れども景久を雖伏逐電せしむ」と。又十月十三日條に「甲斐國源氏、武田太郞信義、次郞忠頼、三郞兼賴、兵衛尉有義、安田三郞義定、逸見冠者光長、河內五郞義長、伊澤五郞信光等、富士北麓若彦路を越ゆ」toその他、卷一、二に多く、又建久四年十一月二十八日條に「今夕、越後守置賣,又建久四年十越後守置賣,介山梨小小(同志)。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)

尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[5]:3頁、82頁
  • 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[8]:5頁

本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[186]:26頁
  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[264]:58頁

華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)上巻皇別:70頁
  • 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)上巻皇別:144頁、186頁

新撰姓氏録考証(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)上(巻1-10):214頁

系図・系譜

関連論文

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