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安津定

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

磐城國田村郡の苗字な紀(一書)に「草薙劔、此今尾張國吾湯市村に在り、卽ち熱田視部の掌る所の神是れ也」と見ゆ。此視部は熱田緣起に「稻種公は云々、實に尾張氏の祖也、玆に因りて熱田明神を以つて尾張氏の神と爲し、便ち尾張氏人を以つて神主祝等の職に補する也」と見え、尾張連の族裔たるなり。熱田神社は景行紀四十年條に「日本武尊更に尾張に還り、卽ち尾張氏の女宮賛媛を娶り、而して淹留月を踰ゆ。是に於て近江膽吹山に荒神あるを聞き、卽ち劔を解き宮賢媛の家に置きて徒行す。」また「初め日本武尊の佩ぶる所の草薙橫刀、是今尾張國年魚市郡熱田社に在る也」とo又古事記には「倭建命云々、尾張國に至リ、尾張國造の祖、美夜受比賣の家に入リ坐す。乃ち將に婚せんと思ふと雖、亦還上の時、將に婚せんと思ひ、定を期して東國に幸し、悉く荒神及び不伏人等を言向和平す云々、尾張國に選り來り、先日期する所の美夜受比賣の許に還り來ます云々。其の御刀の草郡藝劔を以つて、其の美夜受比賣の許に置きて、伊服岐能山の神を取りに幸行」とあり。熱田緣起には「日本武尊發路す云々。道尾張國愛智郡を利とす、時に精種公啓して曰く、當郡氷上邑は桑梓の地たり。伏して請ふ大王篤を稅げて息ひ給へと。日本武尊其認誠を感じ、踟〓の間、側に佳麗の娘あり。其姓字を問ひ、稻種公の妹、名は宮酢媛なるを知り、卽ち稻種公に命じて佳孃と聘納し、合巹の後、寵幸固リ厚し、云々。宮酢媛に語りて曰く、我京華に歸らば、必ず汝身を迎へむと。卽ち劔を解き授けて曰く、此の劔を實持して我床守と爲せ、云々。日本武尊奄忽仙化ぬ腹、宮酢媛平日之約を違へず、獨り御床を守り神劔を安置す。光彩日に亞ぎ、靈驗者聞、若晴請の人あらば、則ち感應影響に同じ。こゝに宮酢媛、新舊を會集し、相議して曰く、我身衰盡、昏曉期する事難し。須く瞑せざる前、社を占ひ神劔を遇し奉らんと。衆議之に感じ、其社の地を定む、楓樹一株あり自然炎燒、水田の中に倒れ、光〓鎗えず。水田尙熱し。仍て熱田社と號す」とo又尾張國風土記に「熱田社は、昔日本武尊東國を巡歷して還る時尾張連等の遠祖宮酢媛命を娶り其家に宿す。夜頭圓に向ひ、身に隨ふ劔を以つて桑木に掛け、之を遺して殿に入厚澤アツサハ

系図・系譜

関連論文

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