コンテンツにスキップ

安富(2)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

2氏人子孫·編川氏に仕ふ。圓太曆に安富民部大夫行長、又明歷三年八月相國寺供養に安富安藝又三郞成衡、勝元狀に安富民部丞等見え、又應仁記に「安富民部元綱·三千餘騎」(工藤、長野等の條參照)。卷三に「勝元被官安富紀四郞、甲須きなどありて、又應仁私記に安富民部少輔(元綱)を擧げ、又畠山家臣に安富民部亟(畠山條參照)、又綱川兩家記に「安富云々、高國に降る」と。而して見聞諸家紋に州郡家庄、段錢」とa 4攝津島下郡茨木城(茨木町茨木)は、建武年間、楠木正成藥くと傳へ、又安富氏の築く所也とも云ふ。大永七年、波多野、柳本の爲に開城せりと雖、當時の城主不明。天文十七年頃、茨木伊賀守孫次廓在城。永藤十一年、佐渡守·荒木村重に破られて滅ぶ。5〓和源氏前述、民部大輔行長は、康永四年八月文書に「散位源朝臣行長」と載せ、中興系圖に「安富·〓和」と見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)

系図・系譜

関連論文

外部リンク