守分(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2上野の毛呂氏國志に「舘林故城は邑樂郡佐貫庄にあり。赤井但馬守昭康·卒するに及んで、子息文六照景·幼少たるにより、家長と云ひ、殊に妹婿なれば、毛呂因幡守秀忠に軍務を委す。赤井は元より上杉の旗下にて、憲政沒落の後、謙信に從ひて毛呂が代に至りて、永祿四年奇西の時に叛く。謙信此を伐つて攻め取り、足利城主長尾但馬守顯長に與ふ(顯長は由良國繁が弟にて、長尾政長が類子となる)。顯長·足利の城には、家臣白石豐前守を置いて、自ら舘林に移住す。此の地·孤の尾を曳きし形を以つて尾曳城と名付く。域中に尾曳稲荷の社あり」층また色樂郡飯野城は軍該に「永條二年、 モロ-モロアヒモロアヒ-謙信·飯野の城を屠り、彦部加賀守師光を追拂ひ、小名淵を殺して毛呂季忠に奥ふ」と云ふ。又讓信·女淵の城を攻め取りて、舘林の毛呂季忠に與へし事あり。又飯野の蟲は古戰錄等に見え、永祿天正の際、毛呂因幡·據ると。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)